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ささ哲

ホモ・クリエイティブ
日付
2011年08月04日(木) 04時08分
英知人ホモ・サピエンスhomo sapience 工作人ホモ・ファベルhomo fabor 宗教人 社会的動物 普遍人

など、人間観を語るには色々な言葉があるが、 ぼくは、工作人に似ているものの、物や道具などの生産にこだわらない、生活的 または文化的な創造性(creativity)をあげたい。

創造人ホモ・クリエイティブhomo creative

というのはどうでしょう。人間ほど外的にも内的にも生命力を創造性に変換して いる生命体はいないでしょう。特に無形文化の創造などは人間ならではですね。
Creation=Ryonuku
私は思うんです。
人間は長い間「真理」なるものを探し求めてきました。
「真理」崇拝が薄れている現代でも、何かの答えを求めている。

例えば、私は軽く小説を書いていますが。
複数の作品の展開の比較とか、
冒頭の研究をします。
研究すれば、納得のいく結果は出ます。
作品の講評は、非常に上達します。

しかし、自分の作品に応用しようとすると、とたんに難しくなるのです。
元々あるものをいじったり、考察したりする行為がいかにたやすいことであったか・・・・・・。
創造する。
それは、厳密に言えば「模倣する」ことなのかもしれないけれど、実はどのように「模倣する」かも創造しなければならない。
適当に創造しても、本気で創造しても、物語は出来上がります。
しかし、今自分の目の前に立ち現れた物語以外の世界が無限に存在することを考えると、ゴールが見えなくなります。

人間の、結果や答えを見つける能力は、非常に優れていると思います。
でも、その答えから自分は何をしようか。 →「ひとりサイズの哲学」
問題はそれです。
答えを見つけるまでの過程における恩恵は、所詮当事者でないと味わうことが出来ません。
第三者の応用こそが、今後の課題だと思っています。
私が創作活動に興味を持って実践しているのも、そんな創作活動を極めた先に何かが見えるかもしれないと思ったからです。

ちまたで話題のノウハウは、一見「応用しやすい結果」に見えるときがあります。
英語が速く上手に話せるようになる方法とか。
思考の整理が効率よくできる方法とか。
これらは違うと思う。性格がちょっと違う。
現時点では、そう思います。
ローマン・ささ
2011年08月04日(木) 11時19分
じつは、ぼくはいま、世の中にちりばめられている様々な千差万別の情報達に対してどう一人一人が対応したらいいかわかるような理論を考えているつもりです。

ぼくに本当にそれがどこまで可能であるか、また、その理論は多くの人によって応用可能であるのか、また、皆がそれを知って、応用しまくることが、果たして良いことなのか、よい結果を生むのかを気にしたり考えたりしています。

軍事的応用がされたら、まあ、たぶんやられてしまうでしょうけど、様々な新たな問題を引き起こしそうな気もしたり...。
取らぬ狸の皮算用かもだけど、できてしまってから、さあどうしようってのも(^_^;)下手すると人の心が読めたり、透視みたいなことも出来かねないです...。果たして人類にとってプラスとなるやマイナスとなるや。しかし、人類はその正と負の狭間で創造を行うことでしか次の時代を作ることができないかもしれないと、ぼくの理論上では思います。

僕的に、情報(相対)モナドロジーと呼べるようなものができるかもしれないと思ってます。恐らく直観主義数学を使いそうですが。精神分析理論と物理学を情報という切り口で、そしてその数学で結び付けることが可能かもしれません。たぶん、知識自体も情報のひとつとして、その秩序態に関する理論として、その理論の中に包含され得る気はします。

それでいて、多様性が、相対論的に語ることができて、それらの間の関係たちの総合結果としてのいわゆる客観のようなもの、世の中の真実体(態)が語れるという、ライプニッツ的な発想をうまく現代知の組み合わせで具現化する方法、そんなビジョンが今ぼくの中にあります。
Creation=Ryonuku
2011年08月04日(木) 12時02分
なにか冷静な意見があると嬉しいな。ちょっと頭を冷やしたい気もする。
Creation=Ryonuku
2011年08月04日(木) 12時03分
なんか自分自身にまず被害が及びそうな気もするな(苦笑)
Creation=Ryonuku
2011年08月04日(木) 12時21分
私の想定している『物語』=亮さん理論でいうところの『世の中にちりばめられている様々な千差万別の情報達(網)』な気がします。
ローマン・ささ
2011年08月04日(木) 12時53分
結局他の人が応用するにしても、相当な負荷が...ところはまあ、一緒なのかもね。ただ、結論がとても単純に、南無阿見陀仏みたいな、それだけで誰でも救われるなんてのならいいけど。そこまで簡単になるかな...。
キーポイントは自浄作用があるような理論かどうか、ってのと、そのまとまったものが、容易に理解でき、情報としての統御下に収めることが可能かどうか、の二、三が気になる。
Creation=Ryonuku
2011年08月04日(木) 14時15分
真理もそうなんだけど、人間はあると思うからあるに過ぎないようなものをあると言っていたようなものじゃないかと言う気がするんだ。客観と主観に分けるのはもう古いやり方らしいけど、客観的に存在するとしてそれを志向したときは、それはたいがい妄念に過ぎない。しかし、我々の各々の原点(自己)には自分にとっての真理、宇宙がある、自分から見た情報の分布がある。
各々の宇宙には相対論的な宇宙がある。
Creation=Ryonuku
2011年08月04日(木) 14時29分
広がりますね。
ローマン・ささ
2011年08月04日(木) 16時49分
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